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【バレンタインデー】
2月14日。この日特救基地には、多くのチョコレートが届く。しかしその大半が真田宛であることを、嶋本は知らなかった。知らなかったから、去年まで、1箱丸ごと貰って帰って、それとは別に事あるごとに一粒ずつつまんで、らしくもなく食後のデザートに頂いたりした。特救基地に配属されてから、毎年バレンタインデーとその後数日間は、それ程多くのチョコレートにありついてきた。
それが、ほとんど、真田宛だったなんて。
「真田さん。毎年こうなんですか?」
「毎年こう、とは?」
「真田さん宛ての荷物、皆が勝手に開けてるやないですか」
「どうだったかな。……しかし、業務に関するものであれば持ってきてくれるから、不都合はない」
真田宛のチョコレートが他の者に渡るのは仕方ない。
真田はロボットだから。食べられないから。もったいないから。
でも、贈ってくれた人の気持ちを無視したそんな理由、嶋本はどうしても納得できなかった。
「俺は嫌です。真田さんのために用意したものが、真田さんの手にも渡らず他の人のものになるなんて、俺は嫌です。真田さんが贈り物をそんな風に扱うの、俺は許しません」
「そうは言っても、食べられないものをどうしたらいい」
「食べられる食べられへんの話やないんです。食べ物だけの話やないんです。贈り物には気持ちが、心が乗っかってくるもんなんです。贈り物をぞんざいに扱うということは、相手をぞんざいに扱うということです」
心は、プログラムできない。だから、相手の気持ちを考えろなんて言えない。
だけど、それでも、嶋本は。真田が相手の気持ちを考えられないことが、哀しくて。
「覚えておいてください。絶対。忘れたらあきません」
「わかった。忘れない」
真田の表情が引き締まったのを確認してから、嶋本は叫んだ。
「チョコ、いったん回収!!」
基地中に響き渡ったその声に、更衣室で帰宅準備をしていた1隊の者まで顔を出した。
なんだ、どうした、と言いつつも、皆嶋本の言葉に従う。
「真田さん宛ての物は一度真田さんへ。送り状も」
その言葉に、皆がゴミ箱を漁りだす。皆中身を確認してから確保しているため、外装は送り状ごと剥がされていた。
「まさか手紙捨てたりしてへんよなぁ」
その問いには、黒岩が答えた。
「俺が持ってる」
そして次は黒岩が聞いた。
「これはいったい、どういうことだ」
「送り主に失礼やと思いませんか」
思いのほか感情的になってしまっている嶋本は言葉少なだったが、黒岩にはきっちりと伝わった。なぜなら、黒岩もかつて、同じことを思ったから。
「わかる、わかるがよ。真田はわからないんだ」
「当然です。ロボットなんですから」
「始めはそりゃあ、丸ごと渡してたぜ。でも、あいつは中身を確認したら、チョコは俺たちに寄越して、手紙はゴミ箱に捨てたんだ。しかも、翌日にはそのことを覚えてなかった」
「その時、きちんと教えてくれましたか。そんなことしたらあかんって」
「教えた。でも、インプットしなかった」
「なんでインプットしなかったんですか」
「わからねぇよ。わかってたらとっくにインプットさせてる」
二人話をしている間に、真田のデスクはチョコレートと送り状でいっぱいになった。
嶋本は真田に向き直り、駄目元で聞いた。
「真田さん。教わったり聞いたりしても覚えないことはありますか」
「ある」
「それはどのようなことですか」
「業務とは関係のないことだ」
「じゃあ、業務と関連付けましょう」
とは、黒岩に向けて言った。しかし黒岩は駄目だと答えた。
「こいつにも容量がある。容量がMAXに近づく程、他の機能が鈍くなる。お前ならわかんだろ」
「わかりません。容量が心配なら増設してもらったらええ。人助けが仕事やのに、人の気持ちを分からんでええなんてこと、ありえへん」
強く言い切った嶋本に、黒岩が折れた。
「わかったわかった。じゃあ、頼むぜ。俺は手紙を取ってくる」
黒岩を見送って、嶋本は話し始めた。
「送り状を見てください。贈り主の名前が書いてあります。きれいな字、丸っこい字、いろいろな字で、書いてあります。それだけいろいろな人が、心をこめて、真田さんの名前を書いてくれました。宛名のところです」
「ほお」
真田の反応は小さい。哀しいかな、ロボットだから何の感慨もない。しかし想定済みの嶋本には、相槌だけで十分だ。
「チョコレート。これは、真田さんに食べてもらうために購入されました。もう、誰がどれくれたんかわからんようなってもうたけど。贈り主が、真田さんを思って、わざわざ、購入してくれました。それを、真田さんが手に取りすらしないなんて、みんな、思いもよらないでしょう。俺だったら、残念でなりません」
「そうか」
そこまで話したところで、黒岩が両手いっぱいの手紙を持ってきた。
「年ごとにまとめて輪ゴム止めしてある」
これまで真田に届いた手紙を、全て保管していたらしい。
「手紙がゴミ箱に捨てられるなんて、見てられなくてな」
「なぜですか」
嶋本は敢えて質問した。手紙を見せて説明したいのはずばりそのことだった。
「そんなの、悲しいだろう。ひどすぎる」
「手紙には、その人の思いがそのまま書かれています。しかもこれらは、真田さんに宛てられたものです。食べ物なら、真田さんの替わりに俺たちが食べられます。でも、手紙は、そういうわけにはいかんのです。真田さんに宛てられた思いは、真田さんがきちんと受け止めなあかんのです。簡単に捨てられるようなものじゃないんです。とても尊いものなんです」
「ほお」
真田は相槌を打つ。しかし、どれだけ伝わっているかはわからない。
いや、伝わってなどいない。ロボットは、突き詰めれば入力通りの出力しかしない。なぜ入力するか、なぜ出力するか。そんなことは関係ない。プログラム通り動作するだけだ。
それでも嶋本は、黒岩は、伝えずにはいられなかった。
「人の気持ちに寄り添えるようになってください」
「わかった」
即答した真田に、黒岩は聞いた。「ほんとにわかってんのか?」
「インプットした」
わかったか、との問いに、「わかった」ではなく「インプットした」と返ってきた。形を変えて出力することは、そうあることではない。しかも、質問されずともロボット自ら二の句を継いだ。
「人助けが仕事だから、人の気持ちがわからなければならないのだろう。さっき嶋本が言った。だから、インプットした」
その言葉に嶋本と黒岩は顔を見合わせて。
「ヨシ!」と黒岩が号令をかけた。嶋本も号令をかける。
「チョコ、もう持ってってええで~」
三人の会話に聞き耳を立てていた隊員たちがぞろぞろと動き出して、静まり返っていた基地に活気が戻った。
真田の答えは100点満点には遠く及ばないけれど。これが、今真田に教えられる精一杯だ。
黒岩が嶋本にこっそりと聞く。
「話を業務に繋げる前に終わってしまった気がするが、どう説明するつもりだったんだ」
「え、そんなん。何度もイベント駆り出されたら、来場者の中にちらほら見覚えのある人出てくるやないですか。それを」
「あー……。確かに。いるっちゃあ、いるか?」
「は? 黒岩隊長覚えてへんのですか?」
「覚えてられるか! 男は興味ねえし! 女は髪型と化粧で化けるし似るだろ! 見分けが付くか!」
「ありえへん! 人にあんな説教しといて!! ありえへんこの人!」
「うるせぇよ! 俺ぁ、帰る!」
「うわ! 逃げた! 真田さん、黒岩隊長逃げた!」
「そいつを巻き込むな! ややこしくなる!!」
その日の業務終了後。
嶋本は真田の荷物がいつもより多いことに気が付いた。
「大荷物ですね」
と言えば
「今日の送り票と、これまでの手紙だ。覚えておこうと思って」
と返ってきた。
「それはええ心がけです」
この答えならば、100点をあげても良いかもしれない。
嶋本は喜びを必死に隠して、
「でも、一言一句違えず覚えたら人間離れしすぎですからね。それはあきませんよ」
と付け足した。
(おわり)